石川県自然解説員研究会

自然景観と歴史

白山火山の生成期
 加賀室火山 約30万年~40万年前に誕生した成層火山。
 古白山火山 約10万年~15万円前に形成した成層火山で、

 地獄谷付近を頂点とした3000m級の火山
         で現在の大汝峰、ゴマ平付近や観光新道の尾根などに火山の噴出物が見られる。
         しかし、近年の報告では大汝や観光新道の火山噴出物は新白山火山に類すると

         いわれる。
 新白山火山 数万年前、現在の山頂部を中心とした成層火山を形成、後に東の大白川方面へ

         流出。
         南の方では現在の室堂平、弥陀ヶ原、南竜ケ馬場などの平坦面が新白山火山の流出
         物からなっている。白水の滝や不動滝はこの溶岩から流れ落ちる滝といわれている。
 約4500年前 山頂部が東側に大崩壊を起こした。原因は噴火か大地震かは不明。
 約2900年前 崩壊した跡地に剣ケ峰が誕生した。
 西暦706年  白山の噴火によると思われる山火事記録がもっとも古いもの。
 西暦1042年 噴火により現在の翠ケ池が形成したといわれている。
 西暦1554年 から2年間にわたり活発な火山活動が続いたといわれている。
 噴火に関する古文書による記録

 

 

開山の歴史と主な記録
 717年(養老元年) 泰澄大師が白山を開山したといわれている。
 832年(天長9年) 禅定道の起点として越前、加賀、美濃の三馬場が開かれたといわれている。 
1787年(天明5年) 「白山遊覧図記」金子有甲斐著。 
1816年(文化13年)「白山紀行」大聖寺藩士 小原氏益著。 
1822年(文政5年) 「白山草木志」和歌山県(紀州藩)の本草学者畔田伴存(くろだともあり)著。
1830年(文政13年)「白山全上記」福井藩士 加賀成教の登山記録。(全上とは禅定のこと)
1833年(天保4年) 「続白山紀行」福井藩士 高田保浄の登山記録。
1874年(明治7年) ドイツ人ライン博士が白山登山。持ち帰った化石が中生代ジュラ紀のものとわかる。 
1893年(明治26年)白山山頂一等三角点選定。
1921年(大正10年)岩間道開通。
1927年(昭和2年) 砂防工事が国営事業となる。
1930年(昭和5年) 白山釈迦新道開通。これ以前には砂防新道が開通していたといわれる。
1934年(昭和9年) 7月11日大土石流発生し一ノ瀬が壊滅す。

             その爪あととして別当崩れが現れる。
1935年(昭和10年)中宮道開通。
1949年(昭和24年)観光新道開通。
1955年(昭和30年)白山国定公園に指定。 
1962年(昭和37年)白山国立公園に指定。 
1982年(昭和57年)7月より白山国立公園における自然解説活動開始

             (現在の石川県自然解説員研究会)。
1987年(昭和62年)8月25日加賀禅定道復活。
1995年(平成7年) 白山緑のダイヤモンド計画の整備に着手。
1999年(平成11年)旧道(六万山、指尾、殿ケ池)復活。
2002年(平成14年)国立公園指定40周年。

              白山緑のダイアモンド計画が終了し室堂や各施設の新改装。
2004年(平成16年)5月17日(月)土石流が発生し砂防新道のつり橋が流失した。

              7月24日つり橋完成す。


(参考資料:石川県自然保護センター編「白山の自然誌シリーズ」、同センターの「白山ガイドマニュアル」)